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第28日 〜2002.10.5(土)〜

館山駅→苅谷中町

205.館山駅8:15→8:56安房白浜(ジェイアールバス関東)590円 袖ヶ浦22か・654 日野
JRバス館山駅 館山駅のJRバス  館山駅から南の白浜町や千倉町にかけては、JRバスのエリアになる。まずは、千葉県最南端の野島崎灯台に近い、安房白浜を目指す。
 白浜へ行くなら、房総半島最南端の野島崎灯台は通っていきたい。できることなら、東京湾沿いの洲の崎灯台も眺めながらいきたいが、両方を通るのは「フラワー号」という観光便だけ。土休日を中心に運転される「フラワー号」も、この時間はまだ運転されていない。一番早いバスが9:35なので、安房白浜から先のバスに接続できない。やむを得ず、途中は丘陵地帯をショートカットする神戸経由に乗ることにする。
 JRバス関東の館山駅は、低いホームもある立派なバス駅。8:15は2本あり、1番線に「(坂田)伊戸」の表示のバスが、その後ろの3番線に「(神戸)安房白浜」の表示のバスが停まる。その3番乗り場のバスに乗る。バスは前後ドアだけれども、後ろのドアは締切で前乗り前降りだった。
 小高い丘陵を越えて、布良(めら)というところまできて、ようやく太平洋が見えてきた。フラワーパークの温室を右手に見ながら走る。フラワー号だと、この先で海沿い道を行くのだが、このバスは集落のある国道を走っていく。長尾橋バス停の手前の川には、3連の石造りアーチ橋が架かっていた。白浜町には、このような石造りのアーチ橋がいくつか残っているのだという。やがて、右手に野島崎灯台が見えてくる。フラワー号ならもっと近くへ行くのだが、このバスは「野島崎灯台口」。その少し先が、これまた立派なバス駅の安房白浜だった。
館山駅のJRバス
206.安房白浜9:15→10:22亀田病院(ジェイアールバス関東)1200円 袖ヶ浦200か・・24 日野(ワンステ)
安房白浜のくろしお号 安房白浜駅窓口  ここからは、平日と土曜日のみ運転の急行「くろしお」号に乗っていく。安房白浜と亀田病院を結ぶ急行バスで、ジェイアールバス関東と館山日東バスが1便ずつ運行をしている。遅い方の9:15は、JRバスの担当だった。
 急行バスとはいっても、やってきたのは前中ドアのワンステップバス。やはり中ドアは締切だった。普通のバスと違うのは、運賃箱が2つあること。従来の運賃箱は、両替機だけ作動させて、投入口はふさいであった。そして、運賃等入用に小さな箱が備え付けてあった。JRバスの回数券も使えないとのことなので、専用運賃箱で共同運行を管理するのだろう。
 白浜からの乗車は3人だったけれども、千倉までの停車停留所から乗ってくる人が多かった。千倉の街の中心は駅前ではなく、本千倉や北千倉バス停付近だということが、バスに乗っていてわかった。
 千倉から千歳駅前まで海沿いの道を走るものの、そこからは国道410号線を北上する。かなり狭い道で、何回か停まってはトラックと行き違う。ようやく古川十字路の出て、ここで右折して、あとはひたすら国道128号線を鴨川に向けて走っていく。
 太海までは外房線よりも海沿いを走っていく。外房線をオーバークロスすると嶺岡山をトンネルで一気に抜けていく。市街地は通らず駅前にも寄らずに、北側の国道を直進する。鴨川市にある総合病院、亀田病院がこのバスの終点だ。
安房白浜駅
207.亀田病院前10:30→11:31興津駅(鴨川日東バス)570円 袖ヶ浦22か・178 いすゞ/川崎車体
亀田病院前の鴨川日東バス  日東交通の分社3社目。鴨川日東バスの路線に乗る。和田町のお花畑と勝浦市の興津駅を結ぶこの路線、鴨川駅を中心とした仁右衛門島〜天津駅間は20分間隔とかなりの運転本数だ。しかし、両端のお花畑や興津駅まで運転されるものは、数えるほどしかない。
 その貴重な興津駅行きに乗っていく。亀田病院バス停は、病院別棟の亀田クリニックの玄関前にあったが、これから乗るバスのバス停は国道上にある「亀田病院前」。距離的には20mほど離れているが、この距離なら離れている内には入るまい。
 前のバスが天津止まりだったためか、天津駅までは下車がなかったものの、そこを過ぎて天津の街中に入ると下車が続く。小湊の街中でも下車が多い。
 トンネルとトンネルの間にかかる橋の上にあるのが大沢バス停。ここで、安房の国から上総の国になる。もうひとつトンネルを抜けると行川アイランド。放送テープは「おまたせしました。フラミンゴでおなじみの行川アイランドです」と流れる。しかしながら、行川アイランドは2001年8月31日で閉園してしまった。もう1年以上経つのに、ワンマンテープは手直しされていないようだ。めっきり交通量の減った海沿いの旧道を走って、興津の駅へと向かった。
徒歩 興津駅バス停 → 興津駅入口バス停 約200m
 JR外房線の上総興津駅には、2つの路線が乗り入れている。ここ始発の鴨川日東バス鴨川方面行きと、勝浦と松野を結ぶ小湊鐵道の勝浦駅行きだ。反対の松野行きはというと、駅前に一方通行があり、勝浦方面から入ってこられないために、駅前にはやってこない。
 そこで、200mほど歩いて、国道の旧道上にある、興津駅入口バス停まで行った。
208.興津駅入口12:13→12:39松野坂上(小湊鐵道)500円 袖ヶ浦22か・311 いすゞ/IK COACH
興津駅入口の小湊バス  千葉市内から上総の地まで、かなりの広範囲に路線バスを走らせている小湊鐵道のバスに乗る。この旅以外にも使うことがあるだろうからと、2000円の回数券を買っておいた。
 やってきたのは、「興津経由松野」と表示されたバス。終点は松野バス停ではなく、松野の集落を抜けた松野坂上バス停が終点だ。今回は、終点まで乗っていこうと思う。
 興津の街を少しだけ鴨川方向に戻る。興津坂入口の交差点を右折して、JR外房線の踏切を渡り、細く曲がりくねった興津坂の登りにかかる。坂の途中に生コン工場などもあり、狭いにもかかわらずけっこう大型車がやってくる。
 坂を登りつめると、今までの風景がウソのように、水田の広がる平地が広がっている。ここが勝浦の植野地区。集落の中の道が鍵型に曲がったところには、腰古井という造り酒屋がある。最近はけっこう有名になったようだ。
 この先にある小羽戸バス停の近くが、私の同居人の実家。そんな身内が住んでいる近所を、こんな趣味のバス旅で通るなんて。もし、ばったり親戚と出会ったら「今日はなんで車じゃなくてバスなの」と言われることは間違いない。しかしながら、この旅の趣旨を理解してもらえる自信はない。けれども、それほど心配する必要はないだろう。地元の人は、自家用車利用ばかりで、バスに乗ってくることはなかろう。
 なぜなら、同居人が高校生の頃は、何本もバスが走っていたとのことだが、現在では中学生とお年寄りの病院通いにしか使えそうにない。本数は1日に4往復にまで減ってしまった。しかも休日は全便運休になってしまったのだ。高校生が使える、通学電車に接続する早朝便さえなくなってしまった。
 国道297号線との交差点の手前が松野バス停。バスはその交差点を左折して、国道297号線沿いの松野の集落を走っていく。松野バス停まで470円だったので、同じ集落の中だから終点まで乗っても同じだと思ったが違った。松野下口バス停までが490円。そして、坂を登って折り返し場のある松野坂上バス停では500円になった。
 下の写真は、折り返し場で勝浦行きの表示を出したところ。方向幕をよく見てみると、上の松野行きは「興津経由」。下の勝浦駅行きは「興津駅経由」。興津駅に入るかどうかを、しっかり方向幕で示していたのだった。
松野坂上に着いた小湊バス
209.松野坂上13:31→13:52大多喜駅(小湊鐵道)500円 袖ヶ浦22か・310 いすゞ/IK COACH
松野坂上の小湊バス  何もないバス停で待つ50分は、なかなかつらい時間だった。ひたすら身内に出会わないことを祈っていた。
 やってきたバスは、先ほどと同型。登録番号も1番しか違わない。何だか、さっきのバスに乗っているような錯覚をしてしまう。
 車内には5人ほどの乗客がいたのだが、みな佐野バス停までに降りてしまった。その先の地獄橋バス停で、勝浦市から大多喜町へ入る。その先の三又の交差点から、バスは夷隅川沿いの旧道に入っていく。その国道297号線の旧道も、一部は国道465号線になっている。右手にいすみ鉄道の線路を見ながら、貸切になったバスが走っていく。
 大多喜の街に入ってすぐのところが、大多喜車庫。このバスは、車庫が終点なのだが、ここから一周、街をぐるっと回ってから再びここまで戻ってくる。その、街中にある大多喜駅バス停でこのバスを降りることにした。
 駅近くのとんかつ屋「有家(ありか)」で遅めの昼食にする。最近では、ガイドブックにも載っているとかで、14時になろうというのに、店内には何組ものお客さんがいた。
210.大多喜駅15:12→15:28苅谷中町(都自動車)320円 袖ヶ浦22か・199 いすゞ/川崎車体
大多喜駅の都自動車 車内風景  ここからは、いすみ鉄道とほぼ並行して走っている、都自動車のバスに乗っていく。大多喜と大原を結ぶ路線で、かつては大原町の大野集落を経由する大野経由と、夷隅町の中心地国吉を経由する国吉経由の2系統があった。しかしながら、大野経由が廃止されて、今では国吉経由だけが残り1台のバスが行ったり来たりしている。
 バス停のポールには、都自動車ではなく、都バスと書かれている。もちろん「みやこばす」と読むのだが、大多喜のハーブ園に遊びに来た観光客の中には、「こんなところに都バスが走っているのか。茂原駅まで200円なら安いなあ」と、本気で勘違いしている人もいるとか。しかし、いくらなんでも房総半島に都営バスが走っているわけはないし、都営バスにだって対キロ運賃の路線はあるのだが。
 大多喜には小湊バスと都自動車が路線を持っているが、小湊バスはかならずしも駅前を通るとは限らない。勝浦方面からのバスは駅前を通ることを知っていたのでここで乗り継いだのだ。やってきたバスには先客が1人いた。足の置き場には困るが、眺めのいい展望席に座っていた。誰もいないのではと思っていたのだが、予想は外れた。しかたないので、少し離れた運転席側に座って行く。
 このバスに乗ってしばらくして気が付いたのだが、窓が開いている。10月初旬とはいっても、今日はけっこう気温が高く車内は暑く感じる。よくみれば、窓上にはたしかに冷房のダクトがない。床も木製だし、冷房ダクトのない天井。中ドアの直後の窓ガラスは引き違い窓になっていて、明らかにツーマン運転が出来る「車掌台」が残っている。今となっては、貴重な存在だろう。
 後日調べてみたら、このバスが千葉県に残る非冷房路線バスの最後の1台だったというのだ。そんなことなら、もっとしっかり写真を撮っておくのだった。
 夷隅町の中心、国吉の街中にある、苅谷中町バス停で今日の旅は終わりにする。先客も、ここで降りた。ここから岬町の自宅までは、車で10分足らずだ。バスは、乗客ゼロのまま大原へ向けて走り去っていった。
車内風景
走り去る都自動車

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