第4日 〜2007.3.13(火)〜

田辺駅→熊野市駅

32.田辺駅7:16→8:09奥志原(明光バス)1100円 和歌山22い・126 日野
田辺駅の明光バス 奥志原バス停  今日は1日数本のバスを乗り継いで行く。宿泊したホテルでは、7時から無料の朝食があるのだが、残念ながらそれをパスして駅前へと向かった。
 最初に乗るのは、日置駅行きのバス。駅前乗り場で待っていると、やってきたのはトップドアのリエッセ。初日に乗った熊取粉河線の特急バスと同様の、ハイバックのゆったりシートの並んでいる車両だった。
 駅前からの乗車は自分だけだった。市街地を抜けると、田鶴口までは昨日乗った郵便橋経由のバスと同じ道を行く。そこからは、海沿いの県道へと進んでいく。昨日、真っ暗な中乗った紀南病院経由を逆にたどっている形だ。
 その先の信号で右折して、高台に登っていく。病院でUターンと思ったらそうではなく、そのまま高台の道を走っていく。その先のビッグユーというところにより、そこで時間調整。
 このバスは紀南病院・ビッグユー経由なんだそうで、昨日から田辺〜白浜間に乗るのは3回目だが、3回とも経由が違う。これ以外にもまだ経由違いがあるのだから、驚きである。
 白浜を出ると、富田橋までは昨日夕方通った道を逆に進む。富田橋を渡ると右折して、先へと進んでいく。その先、袋というところから、右手に海が見えてきた。
 やがて、海沿いにホテルが何軒も建っているところに出る。いったいどこだと思えば、そこが椿だった。JRの椿駅は、山裾の薄暗い駅で、どこに温泉街があるのだろうと、いつも思っていたのだが、こんな海岸沿いにあったんだと初めて知った。
 その先は、再び山の中を走る区間が続く。時々、右手の谷間に海がちらりと見えることがあった。しかし、ここまで誰も乗ってこない。時計を見ると、そろそろ目的地の奥志原に着く頃だ。
 やがて開けた直線道路になり、その右側に海が広がっている。ここが志原海岸で、その直線道路を少し走ったところに、奥志原バス停があった。
奥志原を出発する明光バス
33.奥志原9:00→9:37江住(明光バス)1050円 和歌山22い・・11 日野
旧塗色の明光バス 名勝 婦夫岩  奥志原バス停の奥には古い建物があって、日置営業所と書かれていたと思われる看板の一部が残っている。明光バスの無断立入禁止の看板もあり、かつてはここがバスの営業所だったのだろう。
 次のバスまで50分ほどあるので、近くの道の駅まで行って、広い砂浜を眺めたり売店を眺めたりして時間を過ごす。そろそろ時間とバス停へ戻る。
 すると、先ほど元営業所の建物の脇に止まっていた、古いマイクロバスが江住の行き先を出しているではないか。まだドアは開いていないが、どうやらこれが次のバスになるようだ。
 発車時刻になり、今度も自分だけを乗せて発車。志原海岸を過ぎると、日置の街中に入っていく。そこを抜けると「このバスは日置駅方面へはまいりません」との放送が入る。椿同様、ここも同名駅と集落が離れているようだ。
 その放送の通り、右折して日置大橋を渡っていく。橋を渡り終えると右折して、海岸沿いの旧道を行く。ここからの眺めはなかなかよかった。再び国道に戻りしばらく走ると、道の駅「イノブータンランド・すさみ」の案内が目に入る。そういえばイノブタが誕生したのは、すさみ町の畜産試験場だと読んだことがある。
 その先、黒島弁天バス停で「ちょっと早いから時間調整するんで、降りて見てきていいよ」とドアを開けてくれる。ここは「めおと岩」なのだが、夫婦ではなく婦夫と書くんだとのこと。確かに看板もそうなっている。
 終点の江住が近づき、ここで右側の細道に入っていく。その細道に沿って住宅が並んでいる。ここに来て、初めてバス停に待ち客がいた。ようやく乗客2名になったものの、5分とかからず終点に着いてしまった。
これが婦夫岩かな
34.江住10:30→11:09串本駅(熊野交通)760円 和歌山200あ・・21 日野
江住の熊野交通 串本海中公園  次のバスまで、約1時間待ち。郵便局へ行ったり、駅の待合室でメモをまとめたりして時間を過ごす。やがて、先ほど明光バスが停まっていたのと同じところに、熊野交通のリエッセがやって来た。
 これまたトップドアだけれども、座席は普通の路線仕様だった。正面のフロントガラス下に、大きな社章がつけてある。これが、ブルートレインのヘッドマークみたいで、なかなか格好良い。
 発車前に、運転士さんに昼間用の割引回数券を2冊欲しいというと「そんなに買われては困る」と言われてしまい、1冊だけ購入する。それほど在庫を持っていないのだろう。でも、これが正解だった。この回数券、1回に利用できるのは1000円以内という制限が書いてあったのだ。
 江住に停まる列車が少ないこともあって、始発から4人ほど乗って発車する。その先、江住の集落でもバス停には待ち人がいた。トップドアなので、地元の人に迷惑かけてはと後ろの方の席に移動する。
 串本まで、ほぼ全区間国道を走っていくのだが、この間は海岸沿いを走る部分が大半だ。右手には常に海が見えている。ちょうど干潮のようで、海岸沿いや沖に岩や島が見えて、景色を見ているだけでも飽きない。
 串本海中公園が右手に見えてくる。海中展望台に続く通路が、バスの車内からもよく見える。ここからご婦人のグループが乗ってくる。バスを使って旅行をしている人に、今回初めて出会ったような気がする。
車窓から海を眺める
35.串本駅11:33→11:49潮岬(熊野交通)370円 和歌山200か・266 日野
串本駅前の熊野交通バス 本州最南端の駅 串本  串本駅は鉄道としては、本州最南端の駅。ここまで来たのだから、本州最南端の地、潮岬に寄り道してこよう。
 串本駅前には、熊野交通のバスがけっこう頻繁に出入りしている。ちょうど、リエッセが2台並んだ。1台は非常口のない中型登録車。もう1台は非常口があり大型登録も可能な車両だ。
 やがて潮岬行きが到着する。平日ではあるけれども、観光客が多いようで、次々とバスに乗り込んでいく。座席が半分以上埋まって、串本駅を発車する。
 バスは、潮岬へ西側から反時計回りに走っていく。意外と海の見える区間は少ない。というのも、海岸沿いの県道を行くのではなく、すぐに1本内側の集落を通る道に入っていくからだ。しかしながら、その道は所々でバス1台がやっとの狭隘路になる。
 しかもまっすぐなところが少ない。潮岬郵便局前では、狭い上にカーブと条件がよくないのに、下車するために停車しなければならないから、運転士さんは大変そうだ。
 両側から木が伸びてきてできた、緑のトンネルをくぐり抜けると、国道に合流する。その先の灯台入口で降りる人が半分くらいいた。そして残りは、皆終点の潮岬まで乗っていった。展望タワーの足下が、終点の潮岬バス停になっていた。
熊野交通2種類のリエッセ
見学・散策 潮岬(本州最南端)
展望台から潮岬灯台を見る くじらラーメンとめはりずしのセット  潮岬も潮岬灯台も、かつて来たことはある。今日は、まだ登ったことがない潮岬タワーに登って、高いところから潮岬を眺めてみよう。
 チケット売り場で相談すると、バスの出発時刻まで大きなバッグを預かってくれることになった。これはうれしい。300円の入場料を払うと、チケットではなく本州最南端の地到達証明書をくれた。
 まずは、エレベータで展望台まで上がる。屋上にも出られるようになっていた。屋上に出ると、風が強い。海も白波が立っている。灯台の写真を撮ったりして、しばし時間を過ごす。
 下りは階段だ。降りていくと、隣の棟の土産物屋の2階につながっていた。時間もちょうどよいし、食事をしていこう。2階にある食堂へ行くと、団体用の準備がずらりとしてある。個人客はお断りなのかなと、おそるおそる「一人なんですが」というと、脇の何もおいていないテーブルをさして「お好きなところへ」と迎入れられる。
 ここまで来たのだからと、鯨ラーメンとめはりずしのセット1000円也を注文する。しばらくして、鯨肉が入った醤油ラーメンとめはりずしが2個運ばれてきた。
 食事が終わって、最南端の碑まで草原を歩いていく。この風景は、今回の旅の表紙に使っている写真がそれ。最南端の売店では、先ほどもらった証明書が200円で売られていた。
 振り向けば、道路沿いに「潮岬・タワー前」というバス停が立っている。潮岬の文字があるものの、ここが始発ではなく、バスの始発地点はタワーの隣にある。
潮岬タワーとバス停
36.潮岬12:50→14:42新宮駅(熊野交通)1570円 和歌山200か・266 日野
潮岬の熊野交通バス 潮岬近くの狭隘路  潮岬バス停は、タワーのキップ売り場の脇のドアを開けて、階段を数段下りたところにあった。外からだと、食堂とタワーの間を奥へ進んだところだ。
 そろそろ来るかなと、外へ出て待つと、先ほどここまで乗ってきたバスがやってきた。バスもここで1時間ほど小休止して、折り返すダイヤになっているのだろう。
 バスは、串本駅、勝浦駅を通って新宮駅まで行くロングラン路線。全線乗ると2時間近くかかるが、これを乗り通すつもりだ。潮岬で5人ほどの乗客を乗せて、定刻に発車した。
 タワー前で1人、灯台入口で数人のお客が乗ってくる。その先、県道から右折したところが、両脇から木が伸びてできた緑のトンネルだ。とてもすれ違いできるスペースはなく、対向車はバスが出るまで待っていてくれた。
 串本駅でほとんどの乗客が降りてしまう。ここからは、鉄道にほぼ沿って走っていく。それでも、鉄道より細かく停留所が設定されているから、それなりに利用者があるのだろう。
 串本駅を出てすぐに、橋杭岩が見えてくる。海から天に向かって、何本もの石柱が伸びているのは、いつ見ても異様な風景だ。今日はバスなので、列車よりもゆっくり、その景色を楽しんでいくことができる。
 勝浦駅前で、また乗客が入れ替わる。ただ、立つ人が出るほど混み合うことはなかった。勝浦駅〜新宮駅は30分毎と、地方にしては運行頻度の高い路線。新宮に近づくにつれて、ぽつぽつとバス停に待ち人がいた。
車窓からの橋杭岩
37.新宮駅15:30→15:56阿田和端地(三重交通)550円 和歌山22き・144 いすゞ/富士重工
新宮駅の三重交通  ここからは、三重交通のバスに乗っていくことになる。待ち時間は45分。どこかに行ってくるには短く、駅前のベンチに座ってメモ帳をまとめたりして過ごす。
 やがてバスがやってきたのだが、このバスターミナルはお尻を向けて停めるようになっている。バスの正面から写真を撮るには、いったん道路の反対側へ行くしかない。発車時刻まで、まだ間があることを確認して写真を撮りに行く。
 撮ってわかったのは、このバスが和歌山ナンバーだということ。三重交通なんだから、三重ナンバーだろうと勝手に思いこんでいたのだが、和歌山にも三重交通の営業所があったのだ。
 今回の旅の終着は熊野市駅。このまま乗っていけば、熊野市駅へ連れて行ってくれるのだが、ちょっと寄り道するために途中で降りることにする。
 新宮の街中を抜けて、熊野川を新熊野大橋で渡れば、和歌山県から三重県に入る。渡ったところは三重県紀宝町。そのまま国道42号線を走る。新宮の街中から乗った人もいるのだが、もうすでにかなりの人が降りてしまった。
 紀宝町から御浜町に入り、少し行ったところが阿田和という地区。そこにある、阿田和端地バス停で降りる。
38.阿田和端地16:09→16:54瀞流荘(熊野市御浜町・広域バス)400円 三重200か・114 いすゞ(ワンステ)
阿田和端地の自主運行バス 阿田和端地バス停  熊野市は、三重交通が撤退してしまった路線を自主運行バスや、御浜町と共同で広域バスとして、路線を維持している。そんなバスに乗って、熊野市(旧紀和町)の湯ノ口温泉へ寄り道してこよう。
 温泉に入る時間はないけれども、瀞流荘と湯ノ口温泉を結ぶトロッコ列車の様子を見てきたい。
 やってきたバスは、三重交通そのもの。どうやら運行は三重交通に委託しているようだ。ただし、三重交通のバスカードなどは使えないので、現金払いするしかないが。
 乗客は4人ほど。みんな前の方に座っているので、中ドアよりも後ろの空いているところに座っていく。
 発車すると、すぐに右折して山の中へと進路を変える。カーブの続く川沿いの道だ。川を遡っていくと、小さな集落があり、その中のいくつかで停まってはお客を下ろしていく。いつしか、車内は自分だけになってしまった。
 道はバス1台がやっとの狭隘路もかなりあり、なかなか運転は大変そうだ。尾呂志という集落を抜けて、いっぽいっぽというちょっと変わった名前のバス停まで来ると、ようやく片側1車線の国道に出た。
 その先は、ほぼ国道を走っていくのだが、入鹿中学校付近だけは狭い道を走っていった。新しいけれども、木材を多用したきれいな校舎が印象的だった。
 板屋バス停を通過する。ここには鉱山資料館があり、一度見学をと考えているのだが、残念ながら今日も閉館時間が迫っていて見学はかなわない。紀州鉱山関係の展示があるそうで、そこで使われていた線路やトロッコが、瀞流荘のトロッコ列車にも利用されているとのこと。
 和歌山県との県境の橋、葛大橋の手前で左折して、そのまましばらく行くとこのバスの終点入鹿温泉・瀞流荘だ。
途中の狭隘路
見学 瀞流荘〜湯ノ口温泉のトロッコ列車(運休中)
運休中のトロッコ列車 トロッコ列車の高さの低いトンネル  瀞流荘には、かつて職場の同僚と泊まったことがあり、その時、湯ノ口温泉へのトロッコ列車も利用したことがある。
 今回も最初はここに泊まりたいと思っていた。ところが3月の平日なのに満室。ここだけでなく、熊野市内のホテルが軒並み満室なのだ。
 何かあるのかなと思ってはいたのだが、どうやらソフトボールの全国大会があるようで、ここにも次々と貸し切りバスで選手が到着していた。
 それでも、一段高いところにあるトロッコ乗り場はひっそりとしていた。車庫(トンネル内)にしまわれてしまって、見学できないのではと思っていたのだが、バッテリーロコも客車もホームに据え付けられたままだった。
 理由はわからないが、2005年12月から運休している。2007年3月末まで運休とのことだったが、その後も運休期間が延長されている。
 客車は新造だけれども、当時の人車を忠実に再現しているので、乗り込むには腰を曲げないと乗れないのだ。なかなかリアルな、トロッコ列車である。
 以前来たときには見かけなかった、カラフルな客車も2両連結されていた。早くこれらのトロッコ列車が復活してくれればいいなと思う。そうしたら、またここに来る楽しみができるのだが。
 しばらく撮影していたけれども、自分のほかに誰も見学者は現れなかった。もう運休してから1年以上経っているから、忘れられた存在になってしまったのだろうか。
人車という表現がぴったりの客車
39.瀞流荘17:15→18:03熊野市駅(熊野市御浜町・広域バス)600円 三重200か・112 いすゞ(ワンステ)
瀞流荘の自主運行バス 瀞流荘の建物  瀞流荘バス停は、その建物の入り口に立っていた。その大きさは、普通のバス停の数倍の大きさがある。これだけ大きければ、見間違えることはないだろう。逆に、あまりの大きさにバス停と気づかない可能性はあるけれど。
 時間になり、トロッコ列車乗り場の前にある駐車場からバスがやってきたのだが、建物の前は選手を乗せた大型バスがいて、バスが入ってこられない。
 宿舎の人が出てきて、自分が乗客であることを確認すると、バスに走り寄り入り口で乗せて切り返して出発することになった。
 写真を撮りながらバスのところまで行き、乗り込んだところで発車。いったんバックして、坂道を下っていく。いっぽいっぽバス停までは、先ほど来た道を戻っていく。
 そこからは、そのまま国道を走っていった。先ほどの路線とは違って狭隘路はなく、ゆったりと走っていると入った雰囲気だ。
 ほぼ山を下って、平というところを過ぎると左折してバス1台がやっとの道に入っていく。その先に近大高専前というバス停があった。学生がたくさん乗ってくるのかと思ったが、そんなこともなく通過していった。
 結局、熊野市駅まで自分以外誰も乗ってくる人がいなかった。600円を払ってバスを降りる。駅前には、三重交通、熊野市自主運行バス、北山村営バスなど、たくさんのポールが並んでいる。次回は、この中のどれかに乗って、旅を続けることになる。
大きな瀞流荘のバス時刻表

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